※こちらの記事は2021年5月に別媒体で書いたものを再編集しました。
こんにちは、平良賢人です。
すこし前にあった沖縄県の国体予選で優勝したのですが、試合を見ていた友人に「おめでとう、いい相撲だった」と言われました。
さて、今回の記事は約8000文字もあるボリューミーな長編です。次の記事は女子選手の話を聞きたいと考えていたので友人伝いに「もしよろしければ」とインタビューをお願いし、快く引き受けていただきました。
気さくで心地よい雰囲気の中に垣間見えるプロとしての柔道観や、柔道だけにとどまらない将来実現したい夢、必読です!
出口 クリスタ(christa Deguchi)
1995年10月29日 長野生まれ 妹は同じくカナダ代表の出口ケリー選手
職業 日本生命所属の柔道選手(カナダ代表)
主な実績
・2018 世界選手権 3位
・2019 世界選手権 優勝
・2020 グランドスラムパリ 優勝
・2021 グランドスラムアンタルヤ 優勝
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—— はじめまして。こんな訳の分からないブログに登場していただいて、本当にありがとうございます。今日はよろしくお願いします。
出口:いえいえ、逆に私で大丈夫でしょうか?よろしくお願いします。
—— では簡単な自己紹介からお聞きしたいのですが、出口さんの性格を教えてください。
出口:ほどよい適当で、辛いことは嫌いです。あと人を信じやすいから詐欺に引っかかりやすいタイプかも知れません。
友達に冗談でよく騙されるんですけど、ネタバラシで「嘘だよ」って言われて「えぇ?」みたいなことが多々あります(笑)。
—— なんか意外です。野生の感というか、クールに見破りそうなイメージでした。
好きな食べ物はなんですか?
出口:その時々で変わるんですけど、安定して好きなのはバターですね。バターを使った料理が好きで、とりあえずたっぷり派です。
バターって食べ物を何でも美味しくするじゃないですか?鮭のムニエルやワッフル、パンケーキとかシンプルなのも好きです。
—— じゃあ得意料理もバター系ですか?
出口:んー、得意なのはナスの煮浸しですね。
—— (全然バターじゃなかった)
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—— 以前読んだインタビュー記事で「カナダ代表はもし試合で負けても『また次頑張ろう』とポジティブな空気があって、それが私には合っていた」と話していました。日本とカナダ、両方の代表を経験している出口さんの視点でそれぞれの印象を教えてください。
出口:どちらが良い悪いではありませんが、日本の柔道はまず礼儀作法を大切にするなど、勝った負けたの競技性だけではない面があると思います。それは人間教育だったり武道であったり。
それにお家芸と呼ばれているくらいですから、国の代表レベルになると求められることも莫大なものになりますよね。オリンピックや世界選手権でも絶対に金メダルを取らないといけないって空気がある。
—— その空気はありますよね。オリンピックで金メダルを取れなくて、テレビで謝っている競技なんて柔道の他に聞いたことないです。
出口:もちろん日本代表としてその重圧を受け入れて力に変えられる選手はすごいなと思います。ただ私の場合、勝ちを強要される雰囲気があんまり得意じゃなくて......。
技術的にも精神的にも自分が未熟であることは百も承知ですが、日本代表の時は国際大会であまり良い成績を残せませんでした。
—— もともと日本代表だった出口さんが、カナダ代表として競技を続けることを決めたのはどのタイミングだったのでしょうか?
出口:初めて話をもらったのは高校生の時ですね。でもその頃はインターハイで優勝していたので「将来は日本代表でオリンピックを目指すぞ」という気持ちでした。
—— そりゃそうなりますよね。
出口:柔道のキャリアとしては順風満帆な高校時代でしたが、大学ではあまり上手くいきませんでした。講道館杯や選抜でも1回戦負けが続いて、他の主要な大会でもなかなか勝てなくて、、、。そんなタイミングでまたカナダから誘いが来ました。
たぶん1年くらい悩みましたね。就職とか今後どうやって柔道を続けていくのかとか。それで、まあ悩んでばかりいても仕方ないので「カナダ代表で頑張ろう」と決断しました。
—— カナダ代表として試合に出たり合宿に参加したり、日本とは違う新しい環境での柔道はどうでしたか?
出口:カナダ代表で試合に出ることになって、たぶん相当期待されていたんでしょうね。初っ端からグランドスラム2大会に選ばれました(笑)。
—— すごい(笑)。大会の結果は?
出口:結果は両方とも初戦敗退でした。内心「やばい、、、。これからどうなるんだろう?」と焦っていたんですけど、チームメイトやコーチたちはみんな気さくに「次頑張ろうよ。久しぶりの国際大会なんだし、これから少しずつ頑張ればいいよ」って声をかけてくれて……。そこは本当に驚きましたね。
それにカナダの柔道環境は決して恵まれているとは言えなくて、例えば国際大会に出る時に連盟が遠征費を出してくれないこともあるんです。その時選手は自腹でお金を出してでも試合に行くんですけど、率直に「私はそこまで出来ないよ」と思いました。
ですが、それをきっかけに私は柔道を嫌々やっていたのかな?と自分の柔道との向き合い方というか「今のままじゃ駄目だな」と反省する機会になりました。
—— 競技レベルの高い日本では当然評価も厳しいですし「少しずつ頑張ればいいよ」だなんて、ポジティブに声をかけるのはちょっと難しいのかなと思います。
出口:それと日本代表だと国際試合で優勝するのは当たり前って雰囲気あるじゃないですか?国の代表だし、私もそれが当たり前だと思っていたんですけど、カナダ代表ではそれが大違いでした。
世界選手権で3位になった時に「あぁ、負けた、、、。銅メダルだ、、、」って落ちこみながらカナダのコーチに会いに行ったら、ガックリしている私を横目にあっちは大喜びしていて、、、。
めちゃめちゃ笑顔で電話報告なんかしてるし、選手のことを自分ごとのように喜んでいました。感情を隠さずに大喜びしている姿は選手と真っ直ぐに付き合ってくれている気がしましたね。
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—— カナダ代表のコーチと選手の関わり方が気になります。
出口:師弟関係というよりはパートナーって雰囲気だと思います。日本は礼儀作法や目上の人を敬うような文化がしっかりしているから、ある程度の壁というか、先生と生徒って柔道に関係あることしか話さないのが一般的な関係じゃないですか。
でもカナダでは恋愛の話とか柔道以外の話も普通にバンバンするんです。
—— めちゃめちゃフレンドリーですね。日本ではあまりプライベートには踏み込まないのが主流なので文化の違いもありそうです。
出口:選手が髪の毛をすごい派手にしたりピアスをつけながら練習をしたり、そういうことも含めて、以前私の担当コーチであるサーシャという人に「どういうつもりで選手と向き合っているの?」と聞いたことがあるんです。
するとサーシャは「先生というのは選手をサポートするのが役目であって、それ以外はいらないんじゃない?」と話していました。たしかにサーシャは打ち込みをバンバン受けてくれるし、試合前の柔道着コントロールだって行ってくれる。そういうところまでしてくれるのは日本とは考え方の違うところだと思います。
—— うんうん、全然ちがいますね。
出口:あとおもしろいなと思ったのが、日本の柔道家は礼儀作法や身だしなみをきっちりするといった「選手像」があるじゃないですか?日本はその選手像を崩しちゃいけないってところにフォーカスしているような気がしていて、逆にカナダでは柔道家の選手像があまりないんです。
例えば髪の毛をとんでもなく派手にしたとしても「どうぞご自由に」なんです。縛らずに選手の好きなようにさせることでそれが心の健康につながっている。これはすごく私に合っていたなと思いました。
—— 自由にはやはり責任が伴うと思うので、ある程度双方の信頼関係がなきゃ出来ないと感じました。選手だって自分をちゃんと見てくれているコーチは裏切れないというか、頑張らなくちゃって気持ちが少なからずあると思いますし。
改めて日本とカナダ、どちらが良くてどちらが悪いという話ではないですね。
出口:そうですそうです。柔道選手として私にはカナダの価値観が合っている部分が多かったという話ですね。
最近、日本では女子選手が結婚後も競技を続けられる環境が整備されていたり、苗字を変えて柔道を続ける選手が増えてきたり、そういうのはいい兆候だなと思います。コーチや指導者も海外に行って勉強してきた人が増えているから、そこでの文明開化がありますよね。柔道界の近代化というか。ちょっとずつですけど。
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—— 出口さんは何のために柔道をしているのでしょうか?
出口:環境が変わる度に自分の中で変化を感じています。私は3歳から柔道を始めたのですが、中学までは辞めたくても辞める勇気がなくて渋々続けていました。性格的に辛いことが嫌いで、自分に甘い。投げられると痛いし、練習では怒られる。それで試合勝てなかったら悲しいじゃないですか、、、。
—— 世界チャンピオンになるくらいだからてっきり、柔道一直線だと思っていました(笑)。
出口:高校進学も柔道推薦で行けば受験勉強をしなくて済んだので、それを天秤にかけて柔道を続けることにしました。高校ではインターハイで優勝したり、全日本合宿でトップレベルの選手たちを見て闘争心に火が付いたり。
やめられなくて続けていた柔道でしたが、高校からは明確に勝ちたいと思えるようになって意識が変わったという感覚があります。
—— 高校からは試合で勝つために、自分の目標を達成するために、柔道をするようになったんですね。大学に進学してからまた変化があったのでしょうか?
出口:大学に進学してからは自分のためだけじゃなくて、強い気持ちでチームのためにも頑張りたいと考えるようになりましたね。
—— 上から目線みたいで失礼しますが、高校、大学と柔道への意識がすくすく育っているように感じます。チームのためにもというところ詳しく教えてください。
出口:大学柔道って団体戦がメインイベントじゃないですか?私は1年生からレギュラーに選ばれていたんですけど、進学した山梨学院大は本気で日本一を目指すチームでした。それで同期や先輩たちの思いも背負って戦わないといけないってプレッシャーがあったんです。
—— 1年生でレギュラー入りはプレッシャーでしたか?
出口:正直嫌でしたね。発表された時、マジかよって思いましたもん。当時は自分のことでいっぱいいっぱいだったので、団体戦に出ても足を引っ張るかもしれないと怖かった部分もあるし、負けたら先輩に顔見せれないとか、そういうネガティブなことばかり考えてしまったので。
—— 全国大会はどうでしたか?
出口:全国大会は接戦の末、なんとか優勝することができました。私はあまりチームに貢献できなかったのですが、先輩たちが泣いて喜んでいる姿だったり、試合前の追い込みで一丸になった感じとか、これが団体戦でこれがチームなんだなって思いましたね。日本一が決まった時の日本武道館の盛り上がりはたぶん一生忘れられないです。
団体戦で円陣を組んでる時は「うわぁ、めっちゃ青春じゃん」って。それも嬉しかった(笑)。
—— 団体は青春ですよ、、、。学生柔道ってそういうところいいですよね。
社会人になってからの柔道への向き合い方はどうなりましたか?
出口:社会人になってからはカナダ代表にもなっていますし、ここからは自分の力でご飯を食べていかなきゃいけない。覚悟も変わりましたし、柔道が生きるためのツールになりましたよね。今は猫も飼っているので養わなきゃいけない家族もいます。
会社には広告塔として採用してもらっているので、大袈裟ですけど社員のみなさんのためにも頑張りたい。スポンサーにもついてもらっていますし、いろんなものを背負ってる。責任重大ですね。
—— 自分以外の人や組織のために頑張るのはモチベーションが上がりますか?
出口:そうですね。私適当だし、辛いことは嫌いだし、たぶん自分一人だったら辞めちゃうと思うんですけど、いろんな縁が繋がってくれたおかげで、いまもこうして柔道を続けられている。誰かが関係してくれているから、私は頑張れているんだなって思います。
—— その環境環境でつなぎとめて励ましてくれる人たちがいたんでしょうね。もちろん出口さんの人間的な魅力もあったのだろうと思います。
出口:世界選手権で優勝してからたくさんの人が応援してくれるようになったんですけど、その中でも特に嬉しかったのが「出口さんを見て柔道を始めました」って声が届いたことです。誰かの人生にちょっと色を加えるじゃないけど、少しでもプラスな影響を与えられていたら、それはやりがいがあるなと思いますね。
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—— 柔道以外の話なのですが、出口さんは大の動物好きだと聞きました。SNSにも飼っている猫の写真をよく投稿していますよね?
出口:好きですね。猫に限らず動物が好きです。小学生の時は犬を飼っていないのに、家から30分かかるドッグランに走って行ってました。
—— 犬飼ってないのに!(笑)。
出口:家で飼えなかったから、犬と会うためだけに片道30分かけて走ってました。まわりからは「君、なにしに来たの?」状態なんですけど、満足した私はまた走って帰るという。
それに動物は昔から身近な存在で、うちには猫がいたし、叔母の家ではインコも猫も犬もハムスターも金魚もいました。身近な人に猟師もいたので鹿や熊、猪なんかを食べる機会もあって、そんな経験を通して命の尊さにも触れてきました。
—— ペットを可愛がるだけでじゃなくて、食べることで命の尊さを知る経験はまた見え方が変わると思います。
出口:そうですね。だから野良猫を見つけた時にその子が痩せてガリガリだとすごく心が痛む……。
今飼っている猫は私が保護したのですが、行く行くはまだまだ沢山いる野良猫を保護したり譲渡できる場をを作れたらいいなと考えています。
—— おお、これは猫限定ですか?
出口:猫に限らず動物全般です。なので保護猫カフェを経営するというよりはアニマルシェルターをイメージしています。柔道で得た影響力を将来的にこういうところに繋げていきたいです。
【アニマルシェルターとは】
アニマルシェルター部門の外見的な活動は、里親募集をする子犬仔猫を保護飼育すると共に里親探しに不適な犬や猫を終生保護収容して殺処分を避けることです。しかし、シェルターの目的はただそればかりではありません。野犬・身体障害・肉体的精神的病気・しつけの不能・その他様々な犬や猫と一緒に暮らすことによりスタッフは多くのことを学び、その結果を里親探しにフィードバックしたり、自身の動物の命に対する認識を深めることが出来ます。
https://www.lifeboat.or.jp/shelter/
—— Twitterで見たのですが、出口さんはオリジナルの洋服などを販売してその売り上げを地域猫の避妊・去勢代に寄付するといった活動も行っていますよね。そういった発信から関心を持つ人もいるだろうし、有意義な影響力の活かし方だと思います。入口が出口さんというか。
出口:入口が出口?(笑)。
—— !!(笑)。
出口:ナイスでしたね(笑)。うん、こうやってすこしでも気に留めてくれたらいいなって気持ちでSNSは活用していきたいです。
それに日本って法律上、ペットは所有物扱いなんです。生き物じゃなくて物として扱われている。殺処分問題がそうなんですけど、例えばシェルターを作れば譲渡できるし、できなくてもそこで暮らせます。海外には犬税を徴収している国もあるのですが、まあそこまでとはいかなくてももう少しペットに寄り添った法律があってもいいのかなとは思います。
—— ちなみに洋服を始めたきっかけは?
出口:面白半分で作りました。プリントした写真は私のお気に入りなんですけど、もし買ってくれる人がいたらネコの募金にしたいなって。ちょっとでもそういう活動が出来たらいいなと。
***
—— 出口さんにとっての柔道とはなんでしょうか?
出口:一言で言うのなら、私の人生そのものですね。小さな頃から町道場に通ってそこで私の人格は形成されているし、進学や就職、いまの生活の基盤や収入もすべて柔道です。まだ引退していないので、この先どうなるか分からないけど、将来的にこの柔道界に携わる仕事をしたいなと考えていて、振り返れば良いことも悪いことも私の人生のすべてだったと思います。
私は柔道だけで生きてきましたけど、それは自分の青春の全てを捧げてまでやるほど魅力的なもので、引退した後もこの世界に携わりたいと思っている。うん、柔道は私の人生ですね。
—— これから実現したいことはなんでしょうか?
出口:一番はオリンピックで優勝したいです。自分が代表を変えてまで追いかけたかったのはやはりここなので、私がカナダ代表になっても応援するよと声をかけてくれた人たちや、いつも応援してくれている地元長野県に金メダルを持って帰りたい。
それと私、ハーフじゃないですか?代表権の選択というところで、私ならカナダ代表だったんですけど、自分のもう一つのルーツを選ぶことは悪いことじゃないよって伝えられる選手になりたいですね。
—— ふむふむ。
出口:カナダ代表を決めた時は私自身いろんな批判を受けましたし、辛いことを言われて傷心することもありました。もちろん日本代表として頑張るのもいいんですけど、ただ可能性があるのなら、その可能性は自分のために使って欲しい。自分が幸せになるための選択をして欲しいなと思います。
私は幸運にもまわりに応援してくれる人が沢山いたから、いまこうして元気に頑張れています。ハーフの子たちが臆せずもっと自由に意思決定できるように、その道のパイオニアになりたいですね。
—— 自分の幸せを選択することは当然の権利ですもんね。人間ですからまわりからの目や声を全部気にしないで生きるのは難しいと思うけど、その道の先頭にあなたのような選手がいるのなら本当に心強いと思います。
では最後に出口さんはこれからどういう人間になりたいですか?
出口:さっき話したパイオニアもそうですし、柔道をしている私だけじゃなくて、一人の人間として素の自分を応援してもらえるようになりたい。そして応援されるだけじゃなくて、私も誰かの夢を支えられるような人間になれたら嬉しいです。
***
今回話を聞いた出口選手は本当に飾り気がなくフランクで「ああ、この雰囲気は人にも動物にも好かれるだろうな」と感じた。きっとこの空気はまわりをどんどん巻き込んで夢の実現に向けてさらに大きくなっていくのだろう。
適度に適当に。肩の力を抜いて自分の人生を歩む彼女の姿はマイペースに僕らの背中を押してくれる。
5年後10年後、これからの柔道人生とその先の道をずっと注目していきたいと思った。
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Text by 平良賢人 (@taiken0422)
Photo Credit by Tom Taylor/トム・テイラー
今回取材させてもらった出口クリスタ選手のSNSはこちら。
【SNS】
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