こんにちは。ダイエット柔道家の平良です。
さっそくですが、昨年は初めて実業団の大会に出場したり、学校や道場などいろんなところで稽古に参加させていただいたり、関わってくださったみなさんのおかげで、充実した毎日を過ごすことが出来ました。
ただ一方で、まわりを見渡せば同年代の多くは結婚をして子育てをしていたり、職場でのキャリアを着実にステップアップさせていたり、ふと冷静になればなるほど「今自分は柔道をしている場合ではないのでは?もっと他にやるべきことがあるのではないか?」と不安に思うこともあります。
だから自分が余計なことを考えずに柔道をするには意義とか意味が必要で、いや、もちろん柔道をすることに理由なんていらないのだけれど、よくそういうことに心を揺さぶられてしまいました。なので、今年は自分と他者を比べるのはやめて、なるべくポジティブに、自分が好きな柔道を好きなように楽しめたらいいなと思っています。
さて、今回のブログは僕がみんなに知ってほしいと思う柔道家の中でも、特別エネルギッシュで、自分が面白いと思ったことは迷わず飛び込んでいく、実業団大森クラブ監督の下田一輝さん(以下、しもかず)に話を聴きました
「新しい発見や出会いは人生のスパイスになる。大変なこともあるけれど、自分の安全地帯から1歩外に飛び出せば、自分の世界を広げる入口に立てると思う」
愛知県豊橋市にある株式会社大森鉄工所三代目跡継ぎとして、日夜業務に奮闘している彼のこれまでと、仕事・趣味・柔道を適度な力加減で相乗作用させながら、人生をより面白い方へと展開させていくことについてのお話しです。

・下田 一輝(kazuki shimoda)
・1994年2月11日 愛知生まれ
・浜松商業高校⇨法政大学⇨明治大学大学院⇨朝日木村加工株式会社⇨株式会社大森鉄工所
・2025年にご両親が立ち上げた実業団大森クラブで選手兼監督を務める

━━ 久しぶり。今日はよろしくお願いします。
下田:こちらこそお願いします。
━━ しもかずとは大学は違うけど、お互い東京に上京して、わりと早い頃からの付き合いだよね。
学生の頃はちょくちょく渋谷で飲み歩いたり、平日の真昼間に突然連絡してきて「今からケンタッキーの食べ放題に行こう」と誘ってきたり、その頃からいつも楽しくて面白いことをしているイメージがある。
下田:学生の頃は楽しかったね。もうあんまり覚えていないけど、東京という街が自分に合っていた気がするよ。
━━ 僕は当時のことをまだ鮮明に覚えているんだけど、忘れられないのが大学の新歓シーズンに、しもかずが新入生のフリをしてテニスサークルの飲み会に潜入してたこと。
下田:行ってた行ってた。右も左も分からない新入生感を醸し出して、1年生から3年生まで毎年潜入してた!!笑
高校を卒業するまでは柔道しかして来なかったし、大学もスポーツ推薦で柔道中心の生活になることが確定していたから、少しくらい普通のキャンパスライフを経験してみたかったんだよね。
━━ あぁ、それはすごい分かる(俺が大学に入学したばかりの時、日大商学部も新歓のビラ配りですごい人だかりだったのに、1枚もビラ貰えなくて泣きそうになったなぁ、、、)。
あれ、しもかずなら高校生活エンジョイしてそうだけど、そうでもなかったの?
下田:全然楽しくなかったよ。性格も根が真面目だから、それに拍車がかかっちゃって。機械的な人間だったというか、ロボットに近かったというか。あれはもはや柔道兵士だったね。
━━ 柔道兵士、、、。真面目な人ほど、そういう環境にどっぷり浸かると、人格おかしくなっちゃう時あるよね。
下田:柔道は頑張るとか頑張らないとかそういうことじゃなくて、生きていくためにやらなきゃいけないことって感覚だったなぁ。
高校時代はずっと心が張りつめていて、人と上手く接しられるタイプでもないから、団体というよりは個人で動いてた。そんなタイプだったから、もし大人数の大学柔道部に進んでいたらいじめられていたと思う。それにもともと明るいタイプでもないよ。
━━ 僕のイメージでは根が明るくて、人と関わるのが好きで、もともとそういうタイプの人だと思っていたからけっこう意外かも。
大学生になって、今みたいに明るく変わっていったのはどうやって?
下田:同期に恵まれたことが一番の理由かな。柔道強い人って良くも悪くも個性が強い人多いじゃん?
でも法政大学には変にオラオラしてる人はいないし、6人の同期がちょうどいい個性の豊かさで、それで人と関わるのが楽しくなっていったんだよね。

***
━━ 僕はしもかずと楽しい時間だけ共有していたから、それ以外のところは全然知らなかったと気付いた。せっかくの機会だから大学を卒業してから現在に至るまでの話を聞いてもいい?
下田:大丈夫だよ。それなら、就職活動あたりから話そうかね。
大学3年の後半から就活を始めたんだけど、第一に考えたのが「もう柔道はしたくない」だったのね。だからと言って他にやりたいことがある訳でもなく、だいたい柔道しかして来なかった人間に「今から仕事を選びなさい」なんて言われてもそんなの無理じゃん?
━━ 「柔道はしたくない」が前提だと余計難しいかも知れない、、、。
下田:だから適当にフラフラ就活をしていたんだけど、一度両親と話した時に母親に「大学院に行けば?」って言われてさ。
それはいずれ家業を継いでほしいから経営について勉強して来いってことだったと思うんだけど、その時は正直あまりピンと来なかったんだよね。
━━ うんうん。
下田:大学4年になって、いつまでもフラフラしてる訳にもいかず、自分が将来何をしたいのかちゃんと考えてみたら、これまでの人生まともに勉強して来なかったし、1度はちゃんと勉強してみるのもありだなと思って、それで院を受験することに決めた。

━━ 院の受験を決めたのは何月頃?
下田:尼崎の団体戦が終わってからだから10月くらいかな?
━━ おそっ!!さすがに遅過ぎない??
下田:いや〜、だからかなり過酷に勉強したよ。毎日20時間くらいかな。その甲斐あって、なんとか明治大学の専門職大学院に合格出来てさ。
━━ 凄い話だな。その大学院ではどんな勉強をしたの?
下田:ビジネスの勉強だよ。授業は夜間にあるから、みんな日中働いて、仕事終わりにそのまま勉強しに来るって感じ。人数は授業にもよるけど、5〜20名くらいかな。
━━ あのさ、たぶん仕事終わりにそんなところに通うってことは、他の人たちって所謂エリートというか、優秀な人たちじゃん?合格してるとは言え、勉強大丈夫だったの?
下田:まさにその通りで、僕も入ってから気付いたんだけど、どう考えても新卒で入るような場所ではなかったよね。経営者や大手企業に在職する将来の幹部候補が人間関係を広げるためだったり、能力を高めるためだったりで来る場所だから、けっこう白い目で見られてた。
授業もディスカッションが多くて、なんとか必死に食らいつこうとしても、僕みたいに働いた経験の少ない人間の意見は「お前何言ってんだ」ってなっちゃうよね。
━━ 柔道をしていた時とはまた違う苦しさがあるね、、、。
下田:まあ場違いだったとしてもレベルの高い環境に2年もいれば、それなりに鍛えられるじゃん?そういう感じだった。キツかったけど、そこで勉強した内容がどうとかいうよりも、そこにいる人たちの感覚とか基準みたいなものを真近で見て聞けたことは大きかったなぁ。

━━ 院の勉強は前向きに取り組めていたの?
下田:んー、ぶっちゃけ毎日嫌だった。見返したい気持ちもあったけど、やっぱりキツくてさ。あの頃はずっと泥水を啜っている気分だったから。
━━ 院の2年間で思い出深い出来事はある?
下田:2年生になってからのラスト1年は、担当の先生とマンツーマンだったんだけど、そこでギチギチのお弁当箱みたいに知識を詰め込まれて、本当年末年始でさえも休む暇がないくらいだったから、あの時のことはなかなか忘れられない。
パワハ、、、今となっては、あの時追い込まれながらも教わった実務的な知識が凄く役立ってる。
━━ パワハ、、、先生はさ、しもかずに必要な能力を見極めて教えてくれていたのかもね。
***
━━ ちょうどこの頃だと思うんだけど、海外にもよく行ってなかった?
下田:行ってたよ。院に通っている内に海外で働きたいって気持ちも出てきたから、夏休みや冬休みにバイトで貯めたお金を全部使って1人で海外に行って、1週間だったり1ヶ月だったり、現地で生活することを可能な限り繰り返してた。

━━ そういうことを平気で出来ちゃうのが凄いよね。英語の勉強はどうしてたの?
下田:中学校の教科書とオンライン英会話で基礎を作って、ある程度出来てきたら海外に行って、現地でひたすら喋るって感じかな。
━━ 学生の頃は動物園を「ズー」じゃなくて「アニマルパーク」と答えていたあの、しもかずが、、、。頑張ったんだね、、、。
下田:海外はとりあえず、オーストラリラ、韓国、台湾、ベトネムに行ったよ。
ただ海外に行くのもお金がかかるら、英語で一通りやり取りが出来るようになってからはインスタやフェイスブックを使って、自分から「私は日本で柔道をしていて、現役を終えたばかりです。無料で柔道の指導をするので、現地での生活費などを面倒見ていただけませんか」と見つけた柔道クラブに片っ端からメッセージ送って、それで了承をもらえた国には柔道指導という形で行かせてもらったね。
━━ めちゃめちゃ尊敬する。大学の新歓に潜入してたのは正直どうかと思ったけど、こういう行動力は僕にはないから、語彙力なくてあれだけど、ガチでマジやばい。
柔道指導ではどこの国に行ったの?
下田:えっとね、ベトナム、タイ、ニューカレドニア、アメリカにも行ったよ。アメリカはEastside dojo っていう、日大だと原沢久喜選手や向翔一郎選手、青木雅道くんも指導しに行ってたところだよ。実は僕もそこに行かせていただきました。
━━ 一流選手じゃなくても、やり方次第で海外と繋がれるのは、日本で柔道をしていることの価値というか、いい活かし方だね。
しもかずにとっては生活の一部で、生きる上であたりまえに続けてきた柔道だけど、それまでは漠然としていたものがクリアになったというか、こうして柔道が自分の人生を切り開く明確な武器の1つになってよかった。

***
その後、大学院を卒業し、そのままマレーシアで3年間働いて、日本に帰って家業を継ぐことを決心するという話があるのですが、省略させていただきます。一応サザエさんの予告風に3エピソード取り上げますと、、、
・しもかず、すべてを漏らし狂人と化す。
・マレーシアの悲劇。またみんなに白い目で見られる。
・YouTubeで銀の盾ゲット。最高月収100万円到達。
てな感じです。もし気になる方がいらっしゃいましたら、しもかずに直接お願いします。
あと、社会人になってから現在まで、海外にはカンボジア、ミャンマー、マレーシア、シンガポール、インドネシア、フランス、イタリア、スペイン、トルコに行ったそうです。行き過ぎじゃね?

***
━━ 海外での仕事に一区切りをつけて、日本で家業を継ぐことになった経緯を聞いてもいい?
下田:両親が体調を崩したことが一番の理由で、それで日本に戻らなきゃって気持ちが強くなったんだよね。あと自分で仕事もやりたかったから、これを機に家業を上手いこと出来れば、自分のやりたいことも出来るんじゃないか?と思って。
━━ 家業である大森鉄工所の仕事内容を教えてもらえる?
下田:建築に使う鉄骨を作ったり、施工図の作成から製作まで一貫で対応していて、僕は主に図面の制作や営業、見積もり、発注、スケジュール調整、納品を担当しています。
━━ これはまた忙しそうだね、、、。例に漏れず最初はまわりの人に白い目で見られた?
下田:見られたね。職人仕事だから若いだけで舐められることもあったし、それに加えて僕には知識がないから下に見られている期間が結構あった。その時は殺意に満ち満ちていたよ。
専門用語もかなり飛び交う場所だから、だからこそ職人さんやお客さんと対等に話せた時は嬉しかったなぁ。


━━ 今の仕事で感動したことは何かある?
下田:自分が図面を描いた建物が立っていると嬉しいかな。つい見に行っちゃう。笑
***
━━ ここまで話を聴いて、しもかずは好奇心や勢いだけの人じゃなく、いつも楽しそうに見えていた裏側には想像もしてなかった努力と苦労があったのだと分かった。
ちはやふるって漫画にでてくる机くんの名言「やりたいことを思いっきりやるためには、やりたくないことも思いっきりやんなきゃいけないんだ」を思い出したよ。

下田:今年は実業団も立ち上げたしね。やりがいを感じているから決して仕事をやりたくないわけじゃないんだけど、仕事を一生懸命やるからこそ、実業団とかそういうことを始められるようになるよね。
━━ 本当にその通りだね。実業団の方は僕も立ち上げ1発目の選手として大森クラブに所属させていただいて、有難い気持ちでいっぱいです。
ちなみに今後こうしていきたいみたいな展望はあるの?
下田:大森クラブの実業団は社会人になって、久しぶりに柔道をやりたい人が楽しく出来る場所でありたいと思っていて、そういう環境を作っていけたらいいな。それから高卒就職で柔道をしたい子を雇って、働きながら柔道もできる環境を作ってあげたいな。みんなでワイワイ出来れば楽しいだろうしね。
━━ チームの方針は競技っていうよりは社会貢献て感じなのかな?
下田:メインは仕事だからね。でもやるからには勝ちたくなると思う。まあ、まだ1年目だし、始まったばかりだから、手探りで面白そうなものに合わせて変化していきたい。
━━ あ、そうだ、これは決してヨイショじゃないんだけど、大森クラブの少年柔道は素敵だよねって話をすこし僕からさせてください!
夏休みに大森クラブの練習に参加させてもらった時に、まずウォーミングアップにダンスが取り入れられていたことに驚いて、あと練習後におもちゃが配られるとか、ちょっと見たことない光景の連続だったんだよね。
そんな感じの型にとらわれないチームである一方、子どもたちの礼儀作法や周囲への気遣いがかなりちゃんとしていて、お世辞抜きに沖縄の少年柔道では見たことないレベルだったからあれは本当に驚いた。


下田:ああ、確かに、礼法はしっかり指導してるかも。
━━ それになにより、コーチ陣の年齢層が若くて人数も多い。この年代の人たちが関わろうと思える柔道クラブであることが、すべてを物語っていると思う。すごくいいことだね。
***
━━ では最後に、しもかず個人として今後の目標を教えてください。
下田:今日話して改めて思ったんだけど、僕は本当にいろんな人に助けてもらって、受け入れてもらってきた。柔道をしたり、勉強をしたり、海外に行ったり、たくさんの機会をもらってきたから、それを今度は自分が与えられる立場、人間になりたいと強く思っている。
家業も頑張りたいし、海外で仕事もしてみたい。実業団もこれからだし、海外で柔道するのもいいかもしれない。ワクワクすること、やっぱり面白いことがしたいよね。
━━ しもかずの中では仕事も趣味も柔道も、それぞれが自分とそしてまわりの人たちを幸せにするための手段として繋がっているんだね。
それとさ、「自分がもらってきたものを今度は与えられるようになりたい」って話、僕も初心を思い出したというか、かなり刺さりました、、、。
下田:ずっと柔道は生活の一部としてあたりまえにあって、子どもの頃は好きとか嫌いとかそういう感情を抱いたことすらなかったんだけど、今の自分は柔道が好きだと自覚しているし、柔道は人生を豊かさにするものだと信じている。
━━ 今回しもかずに話を聴こうと思った理由が、自分が柔道をすることに理由を求めて苦しくなったからなんだけど、第一線を目指す訳でもないのに僕がこうして柔道を続けているのは、現役で頑張っている仲間たちに、もらってばかりいる元気や活力を自分からも返していきたいと思ったからで、戦っているステージや目的、レベルは全然違くても、たとえそれがおこがましくても、みんなが少し疲れた時に、僕も柔道を続けているよと寄り添える人間になりたいと思ったからだ。
下田:うん、出来る出来ないじゃなくて、自分がそこにワクワクを感じるなら、迷わずに、ブレずに、飛び込んだ方がいいと思う。それはきっと感情が大きく動く出来事になるから。
それに新しい発見や出会いは人生のスパイスになるよね。大変なこともあるけれど、自分の安全地帯から1歩外に飛び出せば、自分の世界を広げる入口に立てると思う。
そして、最終的にそれを誰かと共有出来たらいいね。人と関わることも凄く大切なことだから。
━━ そうだね。人は一人では生きていけないもんね。
しもかず、今日は本当にありがとう。自分が柔道をしている理由とか大切なことを思い出せたよ。
これから自分がやりたいと思ったことは、たとえ怖くても1歩飛び込む勇気を持てるよう精進するね。
下田:こちらこそありがとう。大森クラブ、実業団の試合もよろしくね。

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【SNS・HPなど】
・大森柔道クラブホームページ
・大森クラブ、インスタグラム
・大森鉄工所ホームページ
































































