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taiken blogブログでは、僕が気になっている柔道家やその関係者をインタビュー形式で紹介で紹介します。

終わりという名の始まりによせて。#016 神谷快

自分の試合が終わって、会場の外に出て、空気をスッと吸い込んだ時に『うわぁ』っと気持ちが込み上げてきました。清々しいじゃないですけど、もう何一つ未練はないなって

 

最後に負けたのはそりゃ悔しいですけど、それ以上に自分に『お疲れ様、ここまでよくやったよ』って気持ちです

 

令和6年12月14日土曜日。千葉県柔道選手権大会を最後に一人の柔道家が引退を表明した。

 

沖縄県出身。柔道家、神谷快。

 

高校3年のインターハイ準優勝を皮切りに、大学4年の講道館杯では準決勝まで勝ち上がる。実業団、京葉ガス柔道部の所属となってからは、3度の前十字靭帯断裂の大怪我を負うも「家族のために」「両親のために」「大好きな沖縄のために」最後まで畳の上で戦い続けた。

 

愛する人たちのため、無我夢中で走り続けたこの数年間の振り返りと、彼にとっての柔道について話を聴いた。(文章:平良賢人 写真:神谷快

 

***

 

 

━━ 現役生活お疲れ様でした。前回インタビューさせてもらったのが2020年だから、こうして話をするのは4年ぶりだね。今日はよろしく!(前回の記事はこちら

 

神谷:ありがとうございます。お願いします!

 

 ━━ ではさっそくだけど、3度目の前十字靭帯断裂から聞こうかな。1回の断裂でも競技生活を左右するレベルの大怪我なのに、3回目はちょっと言葉に出来ない......。

 

神谷:前十字が切れた瞬間は一発で分かりましたね。やっぱり3回目なので。

 

その時はカツ(※)が稽古一緒で「もう練習いいです。快さんの見て練習できないっす」って車で病院に連れて行ってくれました。車中でも「大丈夫ですよ!」って励まそうとしてくれて......。※福岡克仁選手

 

━━ ああ......。カツも同じ怪我してるから......。

 

神谷:息子も生まれて「かっこいいところ見せてやるぞ!!」と、モチベーション高く練習を追い込んでいる時期でした。

 

年齢も28歳だし、3回目だし、あ、もう無理。そもそも2回目に断裂した時に「もうこれで最後」だと覚悟を決めてやって来たので、さすがにこれ以上は無理だ。余裕で引退だろって思いました。

 

━━ 年齢的なところで考えても引退は別におかしくないもんね。

 

神谷:それで監督に「もう引退して社業に専念します」と自分の考えを伝えたら、監督からは「今気持ちが落ちている状態で決めるんじゃなくて、せめて歩けるようになってから、もう少し時間が経った時に決断してもいいんじゃないか」と話をされました。

 

━━ 引退の決断って簡単じゃないじゃん?快も悩んで出した決断だったと思うから、それでも一呼吸つくじゃないけど、そういう暇を提案してくれたのはすごくよかったと思う。

 

その状態からどうやって現役続行に気持ちを変えていったの?

 

神谷:友人の結婚式があって1週間くらい沖縄に帰ったんです。その時いろんな人に会って「もう引退だな」って話をして、実家で母親にも伝えたんですね。

 

僕が「もう現役は引退する」って話をしたら、母さんは「そうねぇ。いいよいいよ。もうこれ以上あんたが怪我する方が心配さぁ」って言ってて、そう言ってはいるんですけど、本当はもっと試合が見たい、でも言えないもどかしさ、のような寂しそうな顔をしていて。

 

━━ うんうん。

 

神谷:その顔を見た時に、なんだろう変なノリ?カラ元気?じゃないけど、もう失うものなんてないし、やるだけやってみるか。こんなのもう行くしかないっしょ!!って気持ちになりました。

 

 

 

━━ やっぱり誰かのためなんだね。

 

神谷:これまでの経験があるから、怪我との向き合い方やメンタルの作り方はもう分かっていました。

 

やるだけやろうって決めて、手術をしてからリハビリに筋トレ、組み手をとコツコツ柔道を作っていって、打ち込み、投げ込みと段階的に復帰していきました。

 

2022年の11月に手術をして、2023年の10月には試合に出れるようになったって感じですね。

 

━━ 引退までちょうど1年くらいだ。この頃には現役生活の終わりがなんとなく見えていたの?

 

神谷:うーん、そのタイミングではまだ具体的に考えていませんでした。

 

ただ引退を考えるきっかけになった試合はちゃんとあって、今年の3月にあった平和カップがそれです。

 

━━ 平和カップってあの広島でやってる団体戦だよね?え、何があったの?

 

神谷:実力的に勝たなきゃいけないレベルの選手を相手に、僕、担ぎ技で吹き飛ばされて一本負けしたんですよ。そのせいでチームも負けて、みんなに迷惑をかけしまって……。

 

とにかく負け方がよくありませんでした。投げられる瞬間に膝をかばっていて、うん、膝を守ったんですよね。なんていうか相手じゃなくて自分に負けたというか。

 

そうなった瞬間に一気に冷めたんです。ダッサみたいな。自分でやるって決めて戦いの場に戻って来たのに「結局自分守って負けるのかよ」って。

 

ダッサ。恥っず。死ねよ。もう選手としてのお前はもう死んだよ。お前に戦う価値ないよ。って。まわりは「まだまだ大丈夫、これからだよ」と励ましてくれたけど、もう自分の中では限界が見えて、それで悩みましたけど、引退を決めました。

 

━━ この平和カップで終わりにしたんじゃなくて、12月の千葉県選手権を引退試合にした理由を聞いてもいい?

 

神谷:悪あがきじゃないですけど、最後にもう一度全日本に出たかったです。あの畳の上で人を投げた時の地響きというか、後から遅れて聞こえる歓声が忘れられなくて。あれをもう一度味わいたくて、最後は千葉県選手権にしました。

 

━━ いま物凄い話を聞いていると思う。実業団という世界で前十字靭帯断裂の大ケガを3度乗り越えて、いや、乗り越えてって簡単に言ったけど、競技復帰するまでも大変じゃん?復帰するだけでも奇跡的なのに、そこで自分に死ねよって……。

 

そのマインドって自分に言い訳してないからこそ生まれるものだから、あたりまえかもしれないけど、ちゃんと選手だったんだなって思った。全然ダサくないよ。

 

神谷:気力でどうにかするってレベルではなかったのかもしれません。

 

 

━━ 平和カップ、全日本実業団体、実業個人を経て、最後と決めた千葉県選手権に挑戦するのだけど、そこに向けてはどうだった?

 

神谷:終わりを決めてからの方が過ごしやすかったですね。試合に対する恐怖とかそういうのはどんどんなくなっていってたし、これが最後だと思えば力が湧いてくるというか。

 

日々の練習やトレーニングでも弱音を吐かずにやりきろうって。どんなにキツい時でも「お前諦めんな!!最後だろ!!動けよ!!」って、ない体力を振り絞るみたいな感じでした。

 

僕の中に目に見えない予備タンクがあって、今まで培ってきたいろんな想いとか、経験とか、全部を総動員している感覚ですね。

 

━━ ハイになってるじゃないけど、最後に向けて文字通り自分の全部が使われてる。

 

最後の試合、千葉県選手権直前のメンタルはどうだった?

 

神谷:落ち着いていましたね。泣いても笑ってもこれで最後。負けたらどうしようって不安はなくて、どうすれば自分のパフォーマンスを出し切れるかに意識が集中していました。

 

***

 

 

千葉県選手権、これで最後と決めて挑んだ試合の結果は準々決勝敗退。敗者復活戦を勝利し、関東選手権の出場権がかかった決定戦に進出するも、試合中に起きた肉離れのアクシデントに襲われるなど、無念の決定戦敗退に終わった。

 

━━ 最後の試合はどうだった?

 

神谷:6試合やって、4試合は一本勝ち、2試合は負けだったんですけど、僕の中では自分らしい柔道が出来たんじゃないかって思います。うん、思いましたね。

 

僕の柔道は「勝つ柔道」じゃなくて「一本を取りに行く柔道」なんです。そこに美学を感じてやって来たので、それはしっかり出せました。あと怪我をして終わったのも僕らしかったです。(笑)

 

━━ 快らしさでいうとさ、準々決勝で試合開始直後に前に出まくる超攻撃ラッシュを仕掛けていたのが印象的だった。小学生の頃を思い出して込み上げるものがあったよ。

 

決定戦で負けて、これが現役最後の試合になった訳だけど、礼をして畳を下りた時の気持ちって覚えてる?

 

神谷:もう肉離れが痛すぎて「達成感」とか「感謝」とか、気持ちよくありがとうございましたって余裕はなかったですね。ただひたすら痛かったので。(笑)

 

━━ 最後をしんみりと終わらせないのが愛だね。(笑)

 

大会にはお母さんも応援に来てたみたいだけど、何か話は出来た?

 

神谷:母さんには「本当にお疲れ様。本当によく頑張った。快のおかげでいろんな経験をすることが出来たよ」と言葉をもらいました。

 

━━ 快からはなにを伝えたの?

 

神谷:僕も今まで本当にありがとうって伝えました。ありがとう、その一言に尽きると思います。

 

━━ いい話だなぁ……。

 

神谷:父さんが亡くなって、一人で泣いている母さんの姿を見たときに「俺が母さんを、家族を元気にしなくちゃ」って気持ちでここまで頑張って来て、人生の中の柔道部門での恩返しは出来たと思います。

 

だからこれからは柔道で培ったことフル活用で生かして、もっと沢山恩返しをしていきたいです。

 

それは亡くなった父との約束でもありますので。

 

━━ うんうん。

 

 

神谷:大会が終わって、妻や子ども、会社の人たちに「ありがとうございました」と伝えた時に、みんなが立ち上がって拍手をしてくれて、その時に「ああ、終わったんだ」と思いました。それですごい気持ちが楽になりましたね。

 

自分の試合が終わって、会場の外に出て、空気をスッと吸い込んだ時に「うわぁ」っと気持ちが込み上げてきました。清々しいじゃないですけど、もう何一つ未練はないなって。

 

最後に負けたのはそりゃ悔しいですけど、それ以上に自分に「お疲れ様、ここまでよくやったよ」って気持ちです。

 

***

 

 

━━ 現役引退の話ともう1つ大きなトピックとして聞いてみたい話があるんだけど、京葉ガス柔道部のSNS運用について教えてもらえるかな。

 

神谷:僕とユウマ(※)がメインで、監督や最近ではカツにも入ってもらっているのですが、1番の目的は活動を見える化することによって、柔道や僕たち京葉ガス柔道部に興味を持ってもらうことです。 ※野々内悠真選手

 

それで応援してくれる方が増えれば嬉しいですし。

 

━━ ふむふむ。いろんな投稿があったけど、柔道に直結するトレーニング紹介や地域活動で選手のみんなが雪かきしてるの姿がすごくよかった。

 

神谷:大会会場でも知らなかった人に「いつも見てます」や「頑張ってください」と声をかけていただくことも増えました。

 

今までは同じ会社の人にしか応援されなかったのですが、SNSを通して応援してくれる人が増えたのは嬉しかったです。

 

それに自分たちの試合を自分たちで盛り上げるのはあたりまえだと思うんですよね。格闘家って自分の試合のチケットを売ったりとかしてるじゃないですか?

 

━━ ああ、確かに柔道にはそれないね。

 

神谷:試合を盛り上げるために必要なことって沢山あって、自分たちに出来ることは可能な限りしていきたいから、そういう意味でもSNSを上手に使っていけたらと思います。

 

━━ 選手以外に広報する人がいない状態で、快たちが自ら手や頭を動かしているのは凄くいいことだと確信していて、一方で「選手がそんなことしてる暇ないだろ」的な考えもあると思うんだけど、そういうのは本当に消滅してほしいと思う。

 

神谷:どうせやるなら柔道の面白さをもっと広めたいし、それはチームのためにもなるし、目に見えるものだけじゃなくて、目に見えないもっと大きな幸福を掴みにいきたいですよね。

 

***

 

 

━━ これまでの柔道人生を振り返って、結果論だからあれだけど「これはあまりしなくてよかった」とか「これはもっとやればよかった」っていうのはある?

 

神谷:いま思い返してみると、筋肥大を目的としたトレーニングばかりしている時期が長かったので、それも必要ではあるんですけど、瞬発系とか柔道に特化したトレーニングを中、高生の時からやっておけばよかったとは思います。

 

自分が中学生、高校生に戻れるなら「もっと自分から情報を取りにいけ」と伝えたいですね。試合期、鍛錬期みたいに、時期に合わせたトレーニングだったり、朝練が高負荷なら起床してプロテインを1杯飲むとか、バナナを食べるとか、それだけでトレーニングの効果は変わってくるので。

 

━━ 本当にこのブログが中学生、高校生に届くこと願うよ。

 

では最後の質問をさせていただきます。

 

神谷快、あなたにとっての柔道とは?

 

神谷:僕にとっての柔道とは「愛の宝箱」です。

 

━━ 愛の宝箱!!

 

神谷:僕にとっての柔道は、自分のためだけじゃなく、まわりの人もみんなハッピーにするためにずっとそこにありました。

 

スポーツ的な側面や礼儀作法、日本人が大切にしてきた相手を敬う気持ちとか、思いやりとか、生きいてく上で大切なものが「柔道という箱」にたくさん詰まっているんです。

 

それで元々、戦場で人を殺めるために生まれた柔術から、危険なもの取り除いて出来上がったのが柔道なので、そういう背景や柔道を通した人とのつながり、相手を想う気持ちに愛を感じます。

 

━━ うわ……。理由が素敵過ぎて普通に感動した……。

 

神谷:本当にいろんなものが詰め込まれています。(笑)

 

━━ うん、その通りだね。

 

今日はいろんな話をしてくれてありがとう。千葉県選手権が終わって直ぐだというのに、ブログも引き受けてくれて嬉しかった。

 

ケガゆっくり直して、また次のキャリアでも快らしく頑張ってね。

 

神谷:ありがとうございます!!みんなを幸せに出来るよう精進します!!

 

***

 

神谷選手は今後、京葉ガス柔道部のコーチとして柔道部に残るそうです。

 

選手としての柔道生活はこれで一区切りですが、指導者として、また一社会人としてスキルアップに励みますと話してくれました。

 

家族のために、両親のために、沖縄の柔道のために、今後もしばらく挑戦を続けることになるであろう彼の成功を祈って、この記事は終わりにします。

 

***

 

どんな困難に押し潰されそうになっても、何時でも何度でも立ち上がり続けたその足があればきっと大丈夫。

 

快頑張れ!!いや、みんなで頑張ろう!!あなたが幸せにしたいと願った人たちは、きっとみんな快の幸せを想っているから!!

 

 

 

 

Text by 平良賢人 @taiken0422

 

 

今回取材させてもらった神谷選手のSNSはこちら。快、ありがとうございました!

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