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taiken blogブログでは、僕が気になっている柔道家やその関係者をインタビュー形式で紹介で紹介します。

「心と目を合わせること」。トップアスリートに聞いた、幸せになるための視点。#002 レイズカヨル

※こちらの記事は2021年3月に書いたものです。

 

「結果が全てだ。報われない努力など何の意味もない」

仲間の活躍を素直に喜んでいるような精神では試合に勝てない」

 

これらの価値観はなかなかにシビアで厳しいものであるのだけれど、僕が所属していた大学の名門柔道部ではごく自然に、当たり前の価値観として根付いていた。

 

入学したばかりの頃だと「ちょっと待ってくれよ」と受け入れられずにいるのだが、次第に日本一を目指すというのはそういうことなのか?ともすれば覚悟が試されているのか?などと考えては悩み、大学生活が数ヶ月経った頃にはすっかり勝負の世界に取り憑かれているのだった。

 

ただこれだけは断言しておくと、それらは決して宗教的な洗脳ではない。部員のほとんどはチームのことが好きだったし「努力を労うのは引退してからでいいな」とも話していた。

 

僕個人としては「仲間の活躍を喜んでいるようでは勝てない」があまりしっくりこなかったので、そんな価値観は俺が試合に勝ってぶっ壊してやるよくらいに考えていたくらいだ。まあ先に壊れたのは自分だったのだけど。

 

***

 

あれから9年。現在僕は母校の高校柔道部でコーチをしながら日々エンジョイ柔道を楽しんでいる。

 

たまに出る試合なんかは「優勝したい」だなんて欲など一切持ち合わせておらず、勝つことよりも「練習している巴投げを1回かける」ことに魅力を感じるのだ。

 

しかし人間とはまことに勝手な生き物で、自分が応援しているスポーツ選手の活躍には大いに熱狂し、勝てば喜び、負けると残念な気持ちになる。彼ら彼女らのモチベーションだなんてこれっぽっちも知らないのに。

 

いまも第一線で活躍している同年代のアスリートって、一体どんな気持ちで競技を続けているのだろう?

 

そんな人の視点が知りたくて、さっそく大学柔道部の同期でリオデジャネイロオリンピックにも出場した友人に話を聴いた。

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久しぶり!元気してた?夕飯まだだから食べながらでもいい?(笑)」

 

—— そう気さくな笑顔で迎えてくれたのはJRA日本中央競馬会に所属する柔道カナダ代表のレイズカヨル(@kyle_reyes)選手。

 

僕らは学生時代、同じ寮で4年間も一緒に暮らしていたのだけど、当時の生活を思い出すかのようにインタビューは盛り上がったし、話をする中でお互いの成長にも気づくことが出来た。

 

前半は僕の知っているカヨルのこと。後半は彼が話してくれた現在の考え方や視点の話。

 

レイズ カヨル(kyle reyes)
1993年10月10日 カナダ生まれ群馬育ち
職業 JRA日本中央競馬会所属の柔道選手

主な実績
・2013 全日本学生柔道体重別選手権大会 優勝
・2013 世界ジュニア柔道選手権大会 優勝
・2013 グランドスラム東京 2位
・2016 グランドスラムパリ 2位
・2016 リオデジャネイロオリンピック 出場
・2019 グランプリモントリオール 3位

 

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大学時代のこと

—— カヨルとの出会いは日大柔道部に入ってからなのだけど、入学してすぐに団体戦のレギュラーに選ばれていたよね。メンバーが発表された時、両手で顔をおおって泣いていた姿を覚えてる。

 

レイズ:泣いてた泣いてた。めちゃくちゃ嬉しくて。まわりには「キモい」って言われたけどね。(笑)

 

—— 選ばれた時はびっくりした?

 

レイズ:びっくりしたよ〜。1年でメンバーに入れたのはスゴく嬉しかったなぁ。

 

—— 俺も嬉しかったし、同期のみんなも喜んでたよね。

 

まあ一方で当時は「仲間の活躍を喜んでいるようじゃ、選手として終わりだぞ」みたいな文化もあって。

 

レイズ:あったね。それもどうなんだろう。だって友達が活躍したらそれで嬉しいし、自分も頑張ろうって気持ちになるじゃん?

 

そこは純粋に喜べる人の方が強くなると思うけどな。

 

—— うんうん。俺も同じこと考えてた。同じ釜の飯を食べた仲間じゃないけど、友達の活躍は素直に喜びたい。

 

レイズ:俺たちはライバルだけど敵じゃないからね。

 

—— もう一つよく覚えていることがあって、一緒に行った整骨院の帰り道でお互いの目標を話したの覚えてる?

 

レイズ:ん、、あんまり覚えてないかも、、、。

 

—— 大学2年の夏頃なんだけど、カヨルが真面目な顔をして「1年以内に世界で誰にも負けないくらい強くなりたい」って話してたんだよ。

 

正直その時は「何言ってんだこいつ?」って思った。だけど、その年に世界ジュニアで優勝するはグランドスラム東京で決勝まで勝ち進むはで大躍進。

 

あの言葉は本気だったんだと、その時になって気づいた。

 

レイズ:ちゃんと覚えてはないんだけど、その時は勝つことがすべてだと思っていたから、もし負ければ自分の価値はないってモチベーションだった気がする。

 

だから少しでもプラスなことを話しておかないと不安に押しつぶされてしまう自分がいたのかな。もちろん目標であり、こうなりたいという理想でもあったんだけど。

 

ほら、金野先生もよく「マイナスなことは絶対に言うな!」って話してたじゃん?地獄のようなトレーニング中にも「気持ち〜って言え!」みたいな。

 

—— あったね……。年始にある走り込み合宿でもマイナスワード禁止ってルールがあったから、最終日の砂浜ダッシュ120本をみんなで「楽しい〜」とか「気持ちいい〜」って叫びながら走ってた。

 

セルフイメージ(潜在意識)を高めるためにポジティブな言葉を使おうってことだったと思うのだけど、あれはタフになるよなぁ。

 

レイズ:そういうのもあって、自分の望みというかこうなりたいっていうのはなるべく言葉にしてた。それで精神を保ってた部分もあるから。

 

だから大学時代はけっこう強気なことを言ってた気がする。

 

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何のために柔道(スポーツ)をするのか?

—— カヨルはなんのために柔道をしているの?

 

レイズ:これは俺もよく考えてることなんだけど、やっぱり「幸せになるため」じゃないかな。柔道をするために生きてるんじゃなくて、あくまで柔道は自分が幸せになる一つの手段って気持ちが強い。

 

もっというと「柔道は自分が幸せであることを確認するツール」だなと。

 

—— 柔道は幸せになるための手段って話、めちゃめちゃめちゃめちゃ共感する。幸せを確認するツールってところをもっと詳しく聞いてもいい?

 

レイズ:最近自分の中である大きな出来事があって、いろんなことを考えさせられたのね。けっこう苦しい気持ちとか嫌な気持ちにもなって「なんで俺、こんな気持ちになっているんだろう?」と思ってさ。

 

ただそれは今まで目を逸らしてきたことでもあったから、逃げ出さずにちゃんと向き合わないとなって思った。人生で初めてとことん心と目を合わせて対話をして、それまで自分にはなかった気づきが生まれたんだ。

 

ずっと一人で抱えて悩んでいたんだけど、それを機に家族にも話を聴いてもらったらすごく心が救われたんだよね。ありのままの自分を受け入れてもらえたことが心地良くて、ああ自分は幸せだったんだなと気づけるようになって。

 

—— それはたとえば普段あたりまえすぎて、つい見落としてしまいがちな幸せに気付くようになったとか?

 

レイズ:そうそう。いろんな幸せに気付けるようになった。もうすでに自分は幸せなんだというバックボーンがあるから、柔道は勝ち負けだけがすべてじゃないと思えるようになった

 

柔道を通して動き出す感情の一つ一つが自分との対話になっていて、それらは激しかったり優しかったり、面白い時もあればその輪郭すら掴めないこともあるんだけど、全部こっちの捉え方次第なんだよね。

 

もし試合で負けたとしても、変わらずに応援してくれる人たちの存在に気付けたりいろんな人と出会って切磋琢磨することに喜びを感じたり、柔道を通して自分が幸せであることを噛み締めながらこれからもやっていきたい。

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競技を続けるモチベーションについて

 

—— 勝ち負けだけがすべてじゃないという価値観は学生時代と比べて大きく変わったところだよね。いまの柔道に対してのモチベーションを教えて。

 

レイズ:どう自分が強くなっていくか、その過程を楽しむのがモチベーションになっている。「勝たなきゃ、勝たなきゃ」と思ってやってるトップ選手もいるし、そうやってモチベーションを保てるのは凄いことだと思う。自分もそういう気持ちの時期があったけど、今はもっといろんな柔道の楽しみ方をしたい

 

もちろん負けたくないから頑張るけど、それだけじゃない素晴らしいことが柔道にはスポーツにはあると気付けたから、これからもっと強くなれる気がしている。

 

—— すごい、素敵過ぎるだろ……。

 

トップアスリートが「スポーツは勝ち負けだけじゃない。こういう考え方もあるよ」って伝えることの意義は大きいよ。自分の意思を持っていることは大切なことだね。

 

レイズ:自分の価値基準で柔道と向き合っていくこの道の先が世界選手権優勝やオリンピック優勝に繋がっていると想像したら、なんだかワクワクするよ。

 

もし仮にそれが叶わなかったとしても、負けたら不幸なのかと言えばそうじゃないことをちゃんと知っているから、柔道に対して恐怖がないし、勝ったらどんな景色が見れるんだろう?ってポジティブな気持ちで過ごせてる。

 

—— なんて言うんだろ……。苦しまないと成功出来ないみたいな風潮に終止符を打つというか、もちろん俺みたいなファンからしたら想像もつかないような大変なこともあるのだろうけど、カヨルの信じた道を歩んでほしいなと思った。

 

それで友達としては第一に心と体がヘルシーな状態でいてくれたらいいなと願いつつ、夢が叶うことを密かに応援したい。

 

うん。アスリートって尊いね!

 

レイズ:ありがとう。自分の考えの整理にもなったし話せてよかったよ!

 

—— こちらこそ、今日はありがとう!また連絡するので、今後もぜひ話聞かせてください!

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—— 取材中にレイズが「今までは自分が幸せになればいいやとばかり考えていたけど、今は自分とそのまわりにいる人たちも幸せに出来たらいいなと思っている」と話していた。

 

明るくて優しい彼の姿勢には既に救われている人も多いのではないかと思う。

 

「応援したくなるスポーツ選手」という言葉が似合うレイズカヨルという男がこれからどのように自分の夢へと向かい、幸せを繋げてくれるのか。今後の活躍が益々楽しみになった。

 

そしてあわよくば彼の仲間として、その背中を押してあげられる友達でいるために、僕も自分で選んだ道を進んでいきたい。

Text by 平良賢人 (@taiken0422

 

 

今回取材させてもらったレイズカヨル選手のSNSはこちら。

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